"3つの場所に向かうって時
出くわしたのはきらめく星ら
まわりを囲むは7匹やつら
どの動物にも7つ性格
バッグに登場7人やつら
ここの猫には7匹子猫
ここに出くわすきらめく星ら
みんな合わせていくつになった?"
アリスはすっかり目を丸くして、階段からどしんどしん降りてくる奥さんを眺めていました。もっとも、この女の子は謎掛けが大好きだったので、今の歌にあった最後の質問について、慎重に検討してみることにしました。
(数字をすべて足すということかしら!それだったら、10…17の…24で…31…うん、31だわ!…あ、違うわ。これはひっかけね!
みんな合わせるってことは、私も含めるのね。それだったら、答えは32ね。)
アリスは学校でも一番に算数が出来ましたので、すぐにこうして考えて、降りてきた奥さんの前に堂々と立ちはだかりました。彼女はスカートの裾をちょんと掴んでにこりと挨拶をすると、相手もまったくそれと同じような仕草をして(でも、こちらはアリスのとは違って、何だか地面がぐらりと揺れるような重々しいものでしたが)、アリスににやにや顔を向けました。
「私、わかります!」
と、アリス。
「答えは32です!」
「違うね」
と、こちらは奥さん。その答え方はアリスが驚くほどぶっきらぼうでしたし、しかも途端に、忌々しい表情を浮かべるではありませんか。奥さんは――というより、アリスは彼女の立ち振る舞いや雰囲気から、この人が公爵夫人か何かだと思ったのですが、とにかくこの夫人は一言一言、赤ちゃんを諭すような調子で言いました。
「今の歌の答えは1だよ。『みんな合わせると』と言っているのだからね。みんな合わせたら、答えは1になるに決まっているじゃないか。どうやらお前さんは、とてもおバカさんのようだね」
「そんなのってないわ。だって、それじゃあなぞなぞとしては面白くないじゃない」
「面白いかどうかなんて知らないね。みんな合わせればひとつ。これは当たり前のことさ。して、その教訓は、『みんなが合わされば、世界中はひとつになる』!」
アリスは何か反論しようと思いましたが、それどころではありませんでした!こう言うと公爵夫人は、なんとふわふわ浮かんでいたチシャ猫を乱暴にふん掴み、ぶるんぶるんとアリスに向かって投げ始めたのです。チシャ猫はアリスの顔に当たったり、アリスの体を通り抜けたりしながらも、相変わらずにたにたと笑っています。とんでもなく無作法な公爵夫人の行為に怒ろうとしたアリスでしたが、やはり今回もそれどころではありませんでした。チシャ猫がお互いにぶつかり合うと、ぷわんと2匹が1匹になるのです。
「お前さんも手伝いな!そら、投げるんだよ!」
「そんなかわいそうな事しちゃダメよ!」
と、やさしいアリス。しかし公爵夫人はますます忌々しそうな顔をして、答えます。
「まったく、お前さんはこんな簡単な教訓を知らないんだね。『宙に浮いた猫はネズミを捕らない』!さぁ、お投げ!」
しぶしぶアリスは近くでクルクル回っていたチシャ親猫を捕まえて、ぽーんと子猫の方に投げてみました。すると、また合わさって、ひとつになりました。こうして、14匹は7匹に、7匹は3匹と残り1匹に、3匹と残り1匹が2匹になって、最後は2匹が1匹に。気が付くと、とても大きなにやにや猫の出来上がりです。もっとも、このチシャ猫は今ひとつ会話をしようという気がないのか、体の半分を透明にして、頭だけでにやにや笑っていましたけれど。
なんだかアリスは奇妙な出来事の連続にうんざりして来て、家に帰ろうと思い始めました。(彼女にしてみれば、どうしてこの考えが真っ先に出てこなかったのか、不思議なぐらいでした)彼女はまたスカートの裾をちょんと掴み、公爵夫人に軽く頭を下げると、そそくさとこの家の出口に向かおうとしました。もし、彼女が二階から聞こえてきた盛大で賑やかで、しかも楽しそうな喧騒が聞こえてこなかったとしたら、彼女は本当に玄関の方へ向かっていたでしょう。
「公爵夫人さん、ひとつお聞きしてよろしいかしら」
「ええ、ひとつに関することなら何でもいいよ」
「そうじゃなくって…あの、二階が楽しそうなんだけど、私、見に行っても怒られないかしら」
「さあね。怒れるかどうかは、見に行ってから判断したらいいじゃないか。そんなことも自分で決められないのかい、お前さんは。とすると、今お前さんに言うべき教訓は、『ベンチがないならハーブも取れず』…」
「あ、うん、ありがとう!いってみます」
アリスは押し付けがましい公爵夫人に対して、先ほどよりもそそくさと頭を下げると、白い絨毯の敷かれた階段をとんとんと飛ぶように駆け上がって行きました。いえ、よく"飛ぶように"と言いますけれど、今のアリスの状態は、途中から本当に飛んでいました。「チシャ猫ちゃんの癖がうつっちゃったのかしら!」と驚きながらも、ふわりと、アリスは二階まで飛び上がって、すとんと到着しました。もっとも、振り返ってよくよく階段を見てみたら、階段が焼きたてのパンのようにフワフワしているのです。しかも、あの焼きたての、おいしそうな香りまで漂ってくるではありませんか。
「なんだか、お腹すいてきちゃった…」
考えてみれば、アリスは今日、とっても忙しくって、朝にスープを少し飲んだきりです。そう考えた途端、アリスのお腹がくぅーと鳴って、思わずきょろきょろとあたりを見回しました。壁に掛かった笑い顔の絵が、まるで彼女を笑っているかのようです。アリスはちょっと頬を赤らめて、恥ずかしそうにしましたが、なんとまぁ、ますます階段はおいしそうな香りで一杯です。「人の家の階段を食べるなんて、なんだかとてもはしたない事だわ!」とアリスは自分をいさめて立ち去ろうとしましたが、この女の子は「でも、非常時には仕方の無いことね」と簡単に自分を納得させるや否や、絨毯を一つまみし、口に入れてみました。あぁ、これがなんと美味しいこと!彼女はもう一度、「非常時には仕方の無い事だわ」と、なにやら満足そうにうなづき、もう数切れ、今度はたっぷりと手に取って、ぱくぱくとこれを口に入れました。アリスは少なかったbreakfast《朝食》分の食事を取って、ほっとうれしい一息をつきました。
これでお腹はずいぶんと落ち着いたアリスでしたが、今度は急に、喉が渇いて来ました。でも、実はアリスにはちゃあんと算段がありました。先ほどから、奥の部屋から聞こえてくる賑やかな声には、がちゃがちゃ、かちゃかちゃと言う、カップやお皿が触れ合う音が飛び交っていました。「お茶会をしているのね!」を見切りをつけていたアリスは、早速、そちらで何か飲み物を貰おうとトコトコと駆け出しました。そんなアリスの横脇を、ものすごい速さでぴょんぴょん飛び跳ねていったのが、チョッキを着込んだ白いウサギです。
「また、遅れましたぞッ!いやになっちゃいますなぁ、いやになっちゃいますなぁ!」
「あ、白うさぎさん!待って!私もお茶会に参加して良いかしら!」
と、アリスがチョッキをぎゅっと掴んで、白ウサギに話しかけます。
「なになに!なんだい君は!君はなんなんだい!とにかくね、僕は忙っしいんです!忙っしいんです!手を離してくれませんかな!離してくれませんかな、手を!まったく、忙しい!忙しい、まったく!」
そんなに忙しいのなら、何度も同じ事を言わなくても良いのに、とアリスは思いつつ、走り去っていく白ウサギの後を追いかけていきました。でも、行けども行けども、なぜか、ほとんど目の前にあるはずのドアには辿り付けません。それどころか、さっきから遠ざかっているような気がするぐらいです。その間に白ウサギはするりとドアの隙間に入って、姿を消してしまいました。と、ドアノブがふわぁと欠伸をして、胡散臭そうにアリスを見ているではありませんか。アリスはふうふうと息を吐きながら、助けを求めたい一心で、ドアノブにアドバイスを求めてみることにしました。
「ドアノブさん!ドアの向こうに行きたいの!」
「ほう、しかしな、君はすでにドアの向こうにいるではないか」
「もう、違うわ!部屋に入りたいのよ!どうして行けないのかしら!」
「ははぁ、さてはお嬢さんはfast《速さ》をbreak《破壊》してしまったようだの」
「え、どういうこと?」
「なぁに、そういう時は慌てずに歩けば良い。slow《スロー》の方は壊れていないはずだからの」
アリスはドアノブの言った事をてんで理解していませんでしたが、とにかく彼の忠告どおり、ゆっくりと歩き始めました。すると本当に、さっきまで走っていた自分が間抜けに思えるほど、すぐにドアの前へ辿りついたのでした。アリスはドアノブに礼を言うと、今度はその恩人をぎゅっと、力いっぱい掴んで、部屋の中に入りました。まったく、この部屋の光景を目にした時、アリスはどんなに心躍ったことでしょう!
要するに、それは世にも盛大なお茶会だったのです。この家のどこにそんな場所があったのかはさっぱり分かりませんが、この部屋は部屋どころではなく、大きな広場ほどの大きさもある、大広間でした。高い天井には豪華なシャンデリアや、キラキラ輝く星の飾りなどが下がっていて、広間には縦に伸びる三本の、とてつもなく大きな食卓がズラーッ!と続いていて、窓からはサンサンと太陽の明るい光が入っていますし、そこからは青々としてキラキラ輝く、とても広いテラスが見えます。そしてこの広間には、それこそアリスが想像出来る限りの色々な人たちがいて、わいわいと賑やかに、それぞれの食事や会話を楽しんでいます。そして彼らに負けないぐらい、アリスが想像出来る限りの色々な動物や植物もいて、こちらもわいわいと賑やかに、それぞれの話に花を咲かせているのです。実際、デイジーとバラは相当に愉快なゴシップ話に熱を上げているようで、それは見事な花を咲かせています。また一方では、パンダが白黒はっきりした意見をガンガン述べるものですから、キリンが首を長くして、自分の話す順番が来るのをじっと待ち構えています。
この女の子は温厚だし、社交的でもあるので、この光景を見た途端、もうウキウキして、楽しくって、仕方がないといった様子でした。しかし、こういう時、既に出来上がっているグループの輪に入るのは気を遣って、意外と難しいものです。また、自分から話を切り出して新しくグループを作るのも手ですが、アリスはどちらかと言うと、相手の話を楽しみたい方でした。アリスはこう考えたので、まずは近くに置かれていたお茶をコクリ、コクリと飲んだ後に、しばらく広間の様子を伺ってみる事にしました。でも、伺う暇もなく、すぐに彼女の周りは賑やかになりました。近くにいた七匹の動物たちがぐるりとアリスの周りを囲ったのです。彼らは物珍しそうに、アリスを上から下まで眺めています。
「それで…キミは何という…動物なのかな…?」
と、芋虫がエジプト式のパイプをぷかぷかやりながら、どこか面倒くさそうな調子で聞きます。なんだか会話の切り出し方としてはあまり上手くありませんが、アリスはこの芋虫の、なにやら厳しい雰囲気が気に入ったので、はきはきと答えました。
「動物でいうのなら、私は人間ね」
「なるほど…」
アリスはキリンと同じように、少し首を長くして彼の、次の言葉を待ちましたが、どうやら芋虫はこれで会話を終えた様子でした。そこに入り込んできたのが、眼鏡を掛けているライオンです。
「では、お嬢さん、人間代表として、ひとつわしの質問に答えて下され。わしとユニコーン、どちらが強いとお思いかな。」
アリスは一生懸命に考えて、答えます。
「ライオンさんの武器は、鋭い爪と牙ね。ユニコーンさんは、大きな角よね。ばーんっ!て、角で突かれたら、とても痛いと思うけど、ライオンさんが、ひゅっとね、こうやって横に避けたら、ユニコーンさんの方には隙が出来ると思うの。この隙を上手く利用出来れば、ライオンさんが勝つかもしれないわ。でも、もし角でばーんっ!て突かれた時、上手く避け切れなかったら、ライオンさんはぐったりしちゃうから…」
「あー、あー!違うね!ばかだなぁ、君は!Lion《ライオン》の腹の中にあるのはion《電荷原子》だろう?それで、Unicorn《ユニコーン》の腹の中にあるのはcorn《トウモロコシ》だろう?つまり、どういうことだ、え?簡単だろう?」
と、そうまくし立てるのは三月ウサギです。アリスは一生懸命に考えた自分の意見を邪魔されたので、少しむっとしながら答えます。
「分からないわ。それって、強さと関係あるの?」
「ばか!」
三月うさぎは、まさもアリスをむっとさせます。
「電気よりトウモロコシの方が強いに決まってるだろう!」
「なんだって!?とんでもない!わしの方が強い!」
と、ライオン。
「まったく、どいつもこいつも!」
と、三月ウサギ。
「なあ、人間、電気でトウモロコシが爆発した所を見た事があるのか?」
「さあ…使い方によっては…」
「見たことがあるのかないのか、それを聞いているんだ!」
「ないわ」
「ほらみろ!考えてもみろよ、君は電気なんてもんで頭を殴られた事があるってのかい?もし電気に殴られた事があるってんなら、君は相当のElectronic《電子野郎》ってことになるね!」
「なによ、変な言い方!Eccentric《変人》って言いたいの?」
三月ウサギが失礼な言い回しをするものだから、アリスはとても頭にきているようで、答え方もぶっきらぼうです。すると三月ウサギが急に真面目な顔をし始めるじゃありませんか。三月ウサギはまじまじと、アリスの顔をじっと見据えました。そして、三月ウサギはしばらくそうして黙りこくってから、言いました。
「君、髪切った方がいいよ」
「なによそれ!失礼しちゃう!」
アリスはぷんぷんと腹を立て、トンッと地団太をひとつ踏みました。すると、ぎゃっという、しかし眠たそうな声が、足元から聞こえて来て、アリスはすっかり驚いてしまいました。
「ご、ごめんなさい!見えなかったの…」
しかし踏まれた方の眠りネズミは返事をせず、むにゃむにゃと鼻ちょうちんを膨らませているばかりです。むしろ、アリスが心配したのは、その隣に座り込んでいる海ガメの方です。理由は分かりませんが、先ほどからしくしく、すんすんと泣いているのです。
「堂々としなさい!まったく」
と、言ったのはこの中でも年長者らしい、堂々としたドードー鳥です。
「そうは言っても、なんだか、悲しくってね…この世の中は悲しい事ばかりで…ほら、見て、さっきなんか、ボクの甲羅に…」
「コラ!コーラが少し掛かったぐらいで何をめそめそと!いいかい、お前さんはな、メソメソするから悲しい事が起きるような気がして、その悲しい事が起きるような気がするからますますメソメソして、ますますメソメソするからますます悲しい事が起きるような気がしている訳なのだ。つまり、堂々巡りなのだ!」
「どうとーでも言ってくれよぉ…悲しいものは悲しいんだ…」
アリスは何だか歯がゆそうに、2人の会話に耳を傾けています。次第にドード鳥は興奮してきたのか、海ガメに渇を入れてやろうと、彼を激しく前後に揺さぶり始めました。と、ここで食卓の上に座っていたタマゴの紳士、ハンプティ・ダンプティが威厳の篭った声で、
「やめなさい。落ち…」
と途中まで言いかけましたが、アリスはドードー鳥と海ガメの仲裁に入っていましたし、芋虫は相変わらず気の無い様子でぷかぷかやっていましたし、三月ウサギはあらぬ方角を向いてぽかんと口を開いていましたし、ライオンはユニコーンに喧嘩をふっかけようと別の場所へ行ってしまっていましたし、眠りネズミは寝ていましたので、誰も彼の声を聞いていませんでした。その後、何かグシャリという音が聞こえたのですが、周りがうるさいので、誰も聞こえやしませんでした!
と、そこにどやどやと登場したのが、赤い顔をした、まるでチェスのようなごてごてした服装を着こなしている、王様と女王様です。また彼らの後ろには、トランプのような薄っぺらい服装を着こなしている、王様と女王様もいます。まず、赤の王様がおどおどした調子で、あたりを見回しています。
「時に、そこのお嬢さんや」
「え、私?」
アリスはきょとんとして振り返りました。
「ここに、タマゴの男が乗っていなかったかね」
「いえ、どうでしょう。そういえば、いたような、いなかったような…」
「あなたが一生懸命に走らなかったからですよ!」
と、赤の女王様。
「お、お前、どうしような。いたのかもしないし、いなかったのかもしれないそうだ。つまり、タマゴは割れたかもしらんし、割れなかったもかもしらんし、あるいは割られたかもしらんし、割られなかったかもしらんな…」
と、こちらはビクビクと、首を縮こめて、自分の伴侶を横目で見ているトランプの王様。
「もし、割られていたとしたら」
と、ギョロリとトランプの王様を睨み付ける、トランプの女王様。
「割られていたとしたら?」
「割った奴の、首をちょん切ればよいだね!」
「ひぇっ…で、そ、それで、割られていなかったとしたら?」
トランプの女王様は少し考えてから、こう言い放ちます。
「割る可能性のある奴の、首をちょん切ればよいだね!」
「そうですわ」
と、アリスの横からするりと登場したのは、白い女王様。
「つまり、明日割られる方を、昨日罰することが重要なのですわ。ねぇ、あなた、そう思いませんこと?」
「え、えーと…」
アリスには彼らが、一体何の話をしているのかさっぱり分かりませんし、それに、内容のある話をしているとも到底思えません。そこでアリスはまごついてしまいましたが、これを見たトランプの女王様が「見逃さなかっただね!」とでも言うようにぎょろっとアリスに目を向けて、大声を上げます。
「言葉を渋るという事は、何か言いにくい事がおありだね!あたしゃ、すべて分かったよ!あんたが犯人だあね!」
「え、そんな!とんでもないわ!第一、何の犯人かさっぱり分かりやしない!」
アリスがすっかりびっくりして、反論します。
「それじゃ、お前だね!あたしゃ、すべてお見通しだよ!」
と、急にトランプの女王様に指を指されたのは、そのすぐ横で三月ウサギと一緒に歌を歌っていた帽子屋でした。帽子屋はトランプの女王様を見るや否や、がたがたと震えて、手にしていたティーカップのお茶をすべて三月ウサギの頭に掛けてしまったぐらいです。
「お、オレは何もしてねぇぞ!」
「いや、見たぞ、見たぞ。お前さん、そうだろう?」
「み、見た、見たよお前…」
訳が分からず目をぱちくりさせながら、トランプの王様も応じます。
「お前!今、また凝りもせず、Time《タイム》を刻んでいただろう!タイムを刻む奴は第一級犯罪者だえ!即刻、首をちょん切るのだえ!」
「まさかそんな…まさか、俺がそんなことするはずないぜ…そんな恐ろしい事を…」
帽子屋は平静を装って、空っぽになったティーカップにお茶を注ごうとするのですが、見るも無残に震えていて、むしろ全身で震えていない部分を探すほうが難しいぐらいなので、熱いお茶がすべて三月ウサギの頭にかかっています。三月ウサギは当然ながら、ぎゃあっと言って、眠りネズミを踏みつけて、飛び跳ねて逃げていきました。ついでに帽子屋もこれに便乗して、眠りネズミをご丁寧に踏みつけた後、三月ウサギと一緒に逃げ去っていきました。眠りネズミはぎゅうといううめき声を出しましたが、「シロップを飲めば良いよねぇ」と不可思議な寝言だけを残し、またすやすやと寝入っています。女王様一向は、帽子屋の後を追ってどたばたと去っていきました。
(まったく、騒々しい場所ね!なんだか、頭がくらくらしてきちゃった)
アリスは、少し外に出て、新鮮な空気を吸おうと思いました。だって、窓の外はあんなにも、きらきらと輝いて、晴れ渡っているのですから。それに先ほどから、窓の外には、何だか白いものがふわふわと浮いているのです。今になってよくよく見ると、なんと、それは雲じゃありませんか。アリスはすっかり興味を惹かれたので、ますますテラスに行ってみなければなりませんでした。と、いそいそとテラスに通じる扉へ向かったこの女の子の前に、ころころ太った、双子の兄弟がにゅっと現れました。
「待て待て、ここを通るには通行料が必要だ。ノッハウ!《どうしたってな》」
「コントラリーワイズ《逆に言うなれば》、金さえあればここを自由に通る事が出来る」
「お金…いま、持ってないわ。でも、通るぐらいいいじゃないの」
アリスが困惑気味に答えます。
「この道、あなたたちのものなの?」
「この道は誰のものでもないさ。ノッハウ!《どうしたってな》」
「コントラリーワイズ《逆に言うなれば》、誰のものでもない道は、誰でも自分のものに出来るということさ」
「言いがかりよ!」
アリスがぷんぷん怒ります。
「通行料がないんなら」
「俺たちの歌を聴いてくれれば良い」
「歌を?」
「「その通り」」
双子が一斉に答えます。外に出てみたいアリスは、仕方なく承諾をしました。でも、なんとなく、彼らの歌が長くなりそうな気がしたので、すかさずこう付け足します。
「簡単に、短く、お願いね」
こうして、双子が歌い始めたのは、次のような歌です。
"ある星ある島ある村人が
羊の水の横取りされる
川の所有を巡って喧嘩
どちらも言い分大変騒ぎ!
ある星ある島ある町人が
神さま言葉に横槍入れる
考え真実巡って喧嘩
どちらも言い分大変騒ぎ!
ある星ある島ある街人が
友の資産を横投げされる
利益のゆくえを巡って喧嘩
どちらも言い分大変騒ぎ!
ある星ある島ある娘っ子
横からごめんなすってと参加
賢か拳かと頭巡らし
どれにも言い分大きな積み木!"
ひとまず一つ目の歌が終わって、双子は早速、次の歌に取り掛かろうと、はちきれんばかりにお腹へ空気を溜め込みました。謎解きに興味津々のアリスですが、いまは一刻も早く外に出てみたいのです。彼女は「ありがとう!とても…興味深い歌だったわ!」と大きな、明るい声でそう言うと、双子の隙間をするりと通り抜けて、扉を開けました。
それは、青々とした芝生の広がる、素晴らしいテラスでした。アリスは胸いっぱいに深呼吸しました。と、アリスは馬のいななきを聞いて、右手の方に目を移しました。そこには白い馬がつんと突っ立っていて、何かもどかしそうに、後ろ足を動かしています。そしてこの気高い馬は、自分の背中に乗っている老騎士が気に食わないのか、ふんと鼻で息をひとつ吐き、早速、この邪魔者を落とそうと、トーンッと背中を張り上げました。老騎士が手ひどい落ち方をしたので、アリスはすっかり驚いて、彼の元へ駆け出しました。そしてその途中、彼女はさらに驚く光景を目にしました。このテラスの先は途中でぷっつりと切れていて、朝の清々しい光はその場所で終わっていました。そこから先は、美しい夜の星空が延々と続いていたのです……